継ぐこと、新たな価値をつくること/池田航介さん

―180年の青果卸と、3年目の農旅「ののの」と―
「農業の課題はすぐ出てくる。でも農業の魅力って何だろうと考えた時、なかなか出てこなかった」
そう語るのは、沼津市出身の起業家・池田航介さん(28)。
半日農業体験と宿泊をセットにしたプラットフォーム「ののの」を立ち上げ、全国150軒以上の農家と1,400人以上の参加者をつないできた。
実家は江戸時代末期創業の青果卸売「池彦」。
農を育む側と届ける側、沼津から問い直す「農と暮らし」のかたち。

沼津で生まれ、沼津に支えられた

池田さんは沼津市出身、3人兄弟の長男として生まれた。
父は青果卸売「池彦」の7代目。子どもの頃から祖父と父に「経営とはなんぞや」を語られながら育ったという。
「小学生の頃は、なんで自分の未来がもう決まってるんだろうって思っていて。海外にもガンガン行きたかったし、なんで自分にはそれが許されないんだろうって、正直あまり前向きじゃなかったんです」

ターニングポイントは中学1年生の時だった。母親が病気で亡くなった。
深く落ち込んだが、支えてくれたのは父親、地域の人たち、友人、沼津のコミュニティだった。

「将来やりたいことを考えた時に、最初に浮かんだのが恩返ししたいということ。だから会社を作ろうと思ったんです」

農業を学ぼう、経営を学ぼうと決意し明治大学に進学した。
「会社を継ぐことが必ずしも親孝行ではなく、継いだ上で何をしたいかが大事なんだと気づけた」。


九州農家行脚で見えた、農と農業の違い

明治大学入学後、子ども食堂の立ち上げ、海外ボランティア、フードロスレストランの運営など精力的に活動した池田さん。
しかし「農業の魅力とは何か」という問いには、なかなか答えが出なかった。

大学2年生の春休み、答えを求めて九州へ向かった。
福岡、佐賀、熊本、宮崎、鹿児島、屋久島、、、農家を巡る旅だ。

大規模農業、有機農業、自給自足のエコビレッジ。
様々な「農のかたち」に出会い、池田さんは一つの問いを持ち帰った。

「たとえ地球環境を破壊しても利益や効率が大事なのか。
たとえ健康を壊しても成長が大事なのか。
生業としての農業を見ると課題ばかりが見えてくる。
でも農という視点に切り替えると、魅力がたくさん出てくるんです」

雄大な自然の中に自分を置くこと。
一人では生きていけないからこそ人とつながること。
農は暮らしそのものであり、生きることに直結しているという確信を、池田さんはこの旅で得た。

コロナ禍の長野から生まれた「ののの」

大学3年生の時、コロナ禍ですべてがオンライン授業に切り替わった。
長野県のリンゴ農家から「人手が足りない」と声がかかった。
「午前中だけ農業を手伝わせてもらえれば、何人でも連れてきます」
2日でチラシを作りTwitterで告知すると、30人が集まった。
全員の満足度は5点満点中5点。
この原体験が「ののの」の出発点になった。

仕組みはシンプルだ。
参加者は7,700円を支払い、午前中の3〜4時間農作業を手伝う。
農家は宿泊場所を提供する。
2週間まで何泊しても追加料金はない。
農家側の利用料は1日あたり500円ほど。

起業準備は父へのピッチから始まった。
ピッチ後の反応は「商売をなめるな!」と。
しかし父は最後にこう言ったという。
「きっとお母さんなら応援してくれるだろう」
そしてサポートしてくれる事になった。

その後、融資、ビジネスコンテストや各種アクセラレーターでのエントリー、クラウドファンディングも行ない起業することに。
北海道大学の院の進学後も活動を続け、現在は農業ワーケーションサービスから「農旅(ノウタビ)」というコンセプトへと進化を遂げている。

180年の歴史を持つ青果卸売、8代目の帰還

昨年11月、池田さんは沼津に戻った。
北大での課程をほぼ終えたタイミングだった。
「あいつはまだ戻ってこないのか、というプレッシャーをずっと感じていた」と笑う。

地元を離れ計10年。
待ちわびた父の元へ、ようやく帰ってきた。

池彦は江戸時代末期の創業。
初代・池田彦七が西浦のみかんを江戸へ船で運んだことが始まりだという。

その後、バナナの輸入など海外品も手がけながら青果卸売業として発展を遂げ、現在は沼津の中核的な卸売会社として地域の食を支えている。
冷蔵倉庫は44台を保有し、農産物ごとに最適な温度帯で保管するこだわりが強みだ。

Screenshot

池田さんの現在の1日はこうだ。朝2時半起床、3時から池彦の業務(荷物搬送・卸先への対応)、午後2時から「ののの」の業務を18時半まで。
「全く隙がない」。

「卸がないと自分たちの暮らしは成り立たない。一方で「ののの」は農家の思いを伝えるエモい仕事をしている。その相反するところをどうバランスとっていくか、これからの課題です」

池田さんが感じた卸の問題意識もある。
農家から東京市場、中卸、地方青果、また中卸、加工業、そして消費者へ。
流通の中間が長く、農家の取り分が低くなる構造だ。「エコフードシステム」として、農家の思いが伝わる形での流通の簡素化を構想している。

また、全国150軒以上の提携農家とのネットワークを活かし、農家の野菜・果実を池彦を通じて販売する取り組みも視野に入れる。東京・大田市場への仲卸設立、EC事業の拡大、そして「農家の思いと一緒に野菜が売れる」仕組みの構築、、、8代目の構想は、青果卸の枠を超えて広がる。

「共感型資本主義」と、まちへの恩返し
スーパーで「安いから買う」ではなく、「あの農家さんが作ったから買う」
池田さんが描くのは、生産者と消費者の距離を縮め、ありがとうと一緒にお金が流れる「共感型資本主義」だ。
ののので農旅を経験した人が推しの農家を持ち、毎年そこから野菜を購入する。そんな循環を作りたいと話す。

「自分が将来やりたいことを考えた時、最初に浮かんだのが恩返しでした」。
その言葉の重みは、沼津に支えられた少年の日から変わっていない。
起業家として、8代目として、そして沼津の若者として。
池田さんの挑戦はここからだ。
沼津というローカルから農と食の未来を問い直す、そのエンジンはまだ全力で動き始めたばかりだ。

=====================
ののの
https://nononolife.com/

池彦
https://ikehiko.jp/
=====================

Follow me!

PAGE TOP