銀幕のスターが晩年を過ごした街で ~ありがとう三國さん~

昨年の4月14日、三國連太郎さんがこの世を去られた。
翌日、まちなかを歩くと街のみなさんが三國さんの事を話してくれた。

沼津ジャーナル:三國さんが過ごした街

その時、晩年を過ごされた沼津でも三國さんを偲ぶ会があればという声も聞いた。

多くの方からの声が集まり「ありがとう三國さん」という三國連太郎メモリアル企画が8月29日から9月7日まで沼津市立図書館で開かれることになった。

会場に入ると、よく目にした釣りバカ日誌などの多くの映画のポスターが目に入ってきた。

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様々な表情を持つ役者の三國さん。

そして展示の中央には写真家・信太一高さんによる三國さんのプライベートなど素を映した写真があった。
1972年にアフガニスタンの砂漠でのスチールカメラでの撮影から撮り続けてきた信太さんの写真。

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三國さんの表情は歳を重ねるにつれやわらかくなっていく。

60代の半ばに沼津で過ごし始め、晩年は沼津で過ごされていた。

俳優三國連太郎はなぜ沼津を選んだのか?
展示を見ながら改めて思う。

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群馬県で生まれ7か月の時、父親の故郷・静岡県西伊豆に戻った。
旧制中学二年まで土肥町で育つ。
この時期、沼津へ行くと映画館があったりと憧れの場所だったと、かつての広報ぬまづで語られていた。

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下田港から青島に渡り、その後釜山で弁当売りをし、帰国後は大阪でさまざまな職に就きそして中国に兵役出る。
戦後は宮崎、鳥取、福島と移り住みながら27歳の時に銀座でスカウトをされ俳優としてデビューをした。

恵まれた環境ではなかったが掴みとった栄光。
銀幕のスターとして不動の地位を得て60代で求めたものの一つが沼津での生活だった。

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今回の展示は様々な方に協力して頂いている。
映画会社、スポンサー企業、ご家族、写真家、ファンの方。
この展示品を借りるためお願いにまわった実行委員会の杉山さんは
「お借りする時、みなさんがとても協力的で三國さんは多くの方に好かれていたということを改めて感じた」
と今回の企画の背景も教えてくれた。

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「こんなすごい方が沼津で過ごしていたという事をもっと知って頂きたい」
と杉山さんは語られた。

今回の展示に合わせ、三國さんが愛した沼津のお店を紹介した冊子が制作され配布をしている。

会場を出て冊子の地図を見ながら珈琲を飲み、狩野川に沿って海に向かい秋空を見ながら歩いてみた。

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海、川、山、街、人、仕事、そして思い出との距離感が三國さんにはほどよく心地よかったのかなとふと思った。

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Photo:Misawa

ご自宅近くの愛鷹の農家さんとは、野菜を届けてもらったり餅つきを一緒にしたりと交友を持たれていたようだ。

今でも農家さんは三國さんと過ごした家に通い庭の手入れなどお手伝いをしている。

亡くなられて1年。
この場所に三國連太郎は存在しないが、彼は作品の中で生き続けている。
そして彼の好きだった場所もここには存在し続ける。
三國さんの映画を見た後に沼津を歩くと、昭和の激動を生きた俳優の人生の一部を少し知ることができ、三國連太郎の作品と沼津という街がさらに面白く見えるかもしれない。

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三國連太郎メモリアル企画「ありがとう三國さん」

沼津市立図書館(沼津市三枚橋町)
8月29日~9月7日(9月1日:休館)
火曜日~金曜日:9時30分~18時30分
土曜・日曜:9時30分~17時
入場料:無料

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